2018年07月23日

クルマ売れる


いや〜、
こないだの記事の
坊さんのお母さんの
クルマが売れました。
知り合いに
破格で売りました。

あとで、クルマの
セールスをしている
婿に聞くと、
もうちょっと
高く売れると
言われて、
坊さんのお母さんは
ぐらついて、高いほうに
売り直そうかと
しようとしていたけど、
坊さんは、そんなセコい事
しちゃダメだ、と
止めました。

せっかく、善いクルマを
手に入れたと付き合いの長い
友達が喜んでいるのに、
それを壊すようなことは
してはいけないね。

ちなみにたぶん、
中古車屋で買う半額以下
じゃない?

我が家にはポンコツ車が
一台になった。
それで善いのだよ。

必要なものがあれば
善いんだ。
余計なものはいらないんだ。

まあ、坊さんの性格からして
やっぱビジネスは向いてないんだ。

だから若い頃ビジネスが
したかったけど、夢打ち砕かれて
さまざまな夢は打ち砕かれたけど、
その意味がようやく
わかるようになってきたと
いうことは、

歳食ったなぁ。

ってことか。

いや、歳食っても分からない人は
多い。

道理、理法というのは、修行を
しないと分からないのだね。
posted by ケイ at 21:20| 日記

2018年07月22日

22日!


坊さんは観音の縁日の
18日に
チンターマニ観音を
拝んでいるが、
理由は観音は観音だから、
ということで、
坊さんが18日生まれ
だからであ〜る。
しかし、チンターマニちゃんの
縁日は本来22日だそうであ〜る。
諸説あるけど、こんなものは
人間が勝手に考えたものだから、
気にしないのです。
大体観音はどこもどの観音でも
18日に拝んでるね。


坊さんはお坊さんになるまでは、
チンターマニちゃんなど
ほとんど知らずにいて
普通の観音さんが好きだったけど、
チンターマニという名前に
ひかれて好きになった。グピ。
なので、自坊の本尊も
チンターマニなのです。
しかし、あくまでもこれは
建前というか、形式上なので、
本当の本尊は法そのもの
真理そのものなんだな、これが。

坊さんの妹は22日生まれで
他、いろいろな出来事が22日に
あったので、22日をたいそう
気にいっているというか、
大事な数字にしていて、
前に乗っていたクルマのナンバーも
わざわざ22にしていた。

ちなみに坊さん達が過去世で
修行していたお山も、観音が
本尊で、そういった事も
関係して坊さんは観音が
好きなのであ〜る。
今は、もう雑木林になっているけど、
江戸時代にトノサマが
ふもとに観音堂を作って
今でもある。
ちなみにチンターマニではなく
正観音であ〜る。
しかし、
今は無宗派、で地域の自治体が
管理しているけど
そこは江戸時代の33観音霊場で
22番札所なんだな(笑)
チンターマニにすれば善かったのに。

まあ、何日になにを拝もうが、
それはたんに信仰なわけで
修行は、毎日の鍛錬、瞑想
なわけですな。
posted by ケイ at 21:28| 日記

夏休み


いや〜、昨日から
夏休みをしているけど、
昨日は久々に
ぼっちゃんとお嬢と3人で寝た。
布団一枚に3人はキツいな。
というか、坊さんは床に
放り出されるけど。

今日から数日間
ぼっちゃんのお母さんが
夏休みなので、いろいろ
遊びにいくそうで、
ぼっちゃんは忙しい。

塾や宿題もてんこ盛りにあるのぅ。

しかし、坊さん達が
子供の頃は毎朝、近所で
ラジオ体操があったのだけど、
最近はないのかな?
毎年皆勤賞を取って
自慢するヤツがいたけど、
ヒマなヤツじゃのぅ
と思っていた(笑)

坊さんはどうしても
毎年、お四国さんへ
旅行していたから、
皆勤賞は取った事がない。

去年ぼっちゃんの宿題を
みていたのだけど、
坊さんの頃は、
毎日、う○こが出たか?
出てないか?チェックシートが
あったね(笑)
今はない。
それをまた、全員の分を教室の
後ろに貼るから、まいるぜ。
女子など恥ずかしいから、
全部出ていないと書いている
コなどがいて、男子から
ウソつけーやーと、突っ込まれた
いたのぅ。

あと、天気とかつけないと
いけないのは分からない。
天気は、毎日、気象庁が
つけてるし、だったら、
夏休みだけでなく、
毎日の宿題にすれば、
善いと思う。
曇りも晴れも、紙一重で
考える子供はいるからね。
坊さんは、バカだから、
夏休みに雨で困った事はない。
逆に、青春ドラマを見て、
恋人にふられて、ずぶ濡れになって
夜道をトボトボ歩く、
お兄さんに憧れた記憶があるね。
現実にはない(笑)

人生はそう、うまく出来てないんだよ。

今、まだ、被災地で、避難している
老若男女の方が非常に不憫に思う。
必要物資があれば、即
ご連絡を。

nyozitsu@tano-shii.sakura.ne.jp
静恵

posted by ケイ at 21:22| 日記

2018年07月21日

目的のある活動


いや〜
暑い、
暑い暑いと言っていたら
すぐ、寒い寒いとなる。

しかしあれですな。
風呂上がりの冷房は
まるで天国ですな。

しかし、しばらく、
裸で涼んでいると
寒くなる(笑)
いつまでも、心地いい
というのは続かないのだね。
そして、実際に天界に
行くと心地いいだろうけど、
必ず、飽きたり
寿命はやってくる。
坊さん達の活動は悟りへ
向かっての活動であり、
厳密にいうと、悟りと
簡単には言えないし行けないので
悟りに向かう段階の修行、
最終的には必ず
悟り、完全バイバイに
行こうと言う修行なのだね。

みんなのサンガとはそうゆう活動。
特に縛りごとや、決まり事などは
ない。
だって、釈迦は、決まり事や
縛りごとによって修行や苦行を
したっていつまで経っても
悟れない、と判断して、
それらをすべて捨てて、
ひとり、何も持たずに、
悟ったのだからね。

みんなのサンガは
十善戒をしっかり守って
釈迦が一番推奨する八正道を
することにより、どんどん
悟りに向かう。

他の活動体や、サンガは知らないし
興味もないけど、
仏教諸派は、ただ行事をこりもせず
飽きもせず、悟りとは何も関係ない
事ばかりをやり、たんなるお祭り騒ぎで
それは、文明が作った文化であり、
伝統なので、否定はまったくしないが、
何度も書くけど、悟りとは
全く関係ない。

目的のない宗教活動であるけど、
それによって生活を成り立たせている人
付随して生活を成り立たせている人は
大勢いるので、いきなり悟りとは
関係ないので、ヤメます。
と言ったら、大勢路頭に迷う。

また、そういったものが営利の
目的で行っている、祈祷、
願望成就などにまだすがる
人は、悟りとはほど遠い。
人を救うためというサイドは
方便という大義名分のもとに
暴利を貪ったりする。

坊さん達は、方便を必要とせず、
病気だろうが、ビンボーだろうが、
孤独だろうが、愛が足りなかろうが
そんなことは、おかまいなく
修行に励むのみであ〜る。

その中で、なんで?
病気だろうか?
ビンボーだろうか?
孤独だろうか?
愛が足りないのだろうか?
ち○こが小さいのだろうか?
きん○まが異様にデカいのか?
悩み、苦しみを、
客観的に観察することは
多いに善いと思う。

信心深い人は、
あ〜お盆に入った、
お坊さんを呼んで先祖供養を
しよう、というのは別にかまわない。
しかし、何度も何度も言うけど、
仏教の悟りという目的とは
全然関係ない。
そして、お経を拝むお坊さんも
それは決して修行ではない。
単に、収入源の一環であるのです。

ただ、たとえ妄信だとしても
南無阿弥陀仏と唱えたら
浄土に行けると思って
死んだ人は、こころの回転が
そうなっているから、
ポテンシャルがまた、
そのシステムを作り上げるのですな。

だから、悟りとは関係ない
ところにまた生まれ落ちる。

坊さん達の活動は
悟りを得る方法と書かれた本が
一万円で売られていたとして、
それを買って、ひとり読んで
悟りに向かうわけではありません。

今、こうしてある身とこころ
が、どうして、どのようにして
成り立っているのか?をも
探り、自分自身をしり
悟るのですな。
縁を以てしても悟りへ向かうのだね。

だから、この活動に参加している人や
これから、参加したい人は
ビンボーだろうが、ある種、
ぜいたくな活動になるのだね。
どこにもない、大金を積んでも
買えない真理だからね。
キツいのだけど、宝をみつけたの
ですから。これを仏法僧宝というのだね。
posted by ケイ at 21:29| 日記

ラブ大師遍照金剛/


いや〜
大師!

あちぃですな〜。

毎日、毎日
ろくな事を
書いてないですが、
読んでくれてありがとうございます。

いや〜しかし、あれだね。
大師と言えば
通称お四国さん、
四国88カ所霊場巡り
だけれども、
坊さんも若い頃に
歩き遍路をしたのだけど、
今の時期よりちょっと
前に決意して、
8月に入ってスタートした。
すごく暑かったけど、
今、エアコンの外に出ると
あちぃ〜!となるほど
暑く感じなかったような
昔の事だから忘れてるのかのぅ。
しかし、子供の頃も
毎年夏休みは3泊4日くらいで
お参りをしたものだね。

歩き遍路はキツかったけど
楽しかった。
特に信仰というより、
ひとつのチャレンジだね。

密教僧になる修行はキツくて
全然楽しくなかった。

今、もう一度どちらかやれ、と言われれば
歩き遍路をやる。

坊さんは四国在住で
お四国さんはクルマを含めたら
もう何回も回っているけど、
歩き遍路の魅力は、人との
出会いだろうね。

そして一期一会の出会いなので
すこし寂しくもあり、
そして、また歩く気力にもなる。
誰とも触れああわずに、ひとり
孤独に歩くのはちょっとキツい。

しかし、人それぞれ、
歩くペースがあるから、
ずっと一緒に仲よく
歩くことはない。
坊さんは早いペースだったから
じゃあ、お先にということが
多く、楽しい出会いのなかに
寂しさを感じたものです。

1日のうちで歩く時間が
ほとんどなので、考えごとを
します。人生のことや、
日常生活のこと、仕事のこと
いろいろ考えても答えは
でません。

よく考えると、人ががクルマで
移動する文明になったのは、
最近で、ちょっと昔までは
こうやって歩いて移動していたのだなぁ。
と感じます。

そして答えが出ないまま家に
帰ると、日常が待っています。
すると、生きるとはそうゆうことか。
と、なんとなく答えのような
ものが浮かんできます。

坊さんが思ったのは、
いろいろ、吠えズラかいて
ほざいていたのも、こうやって
生意気な事が言える環境に
あって、自然や不自由な生活を
ほとんど知らないからだ、
身ひとつになれば、身軽に
なるかと思いきや、ちょっとした
事で困るし、助けを求めたく
なる、ということが分かったのだな〜。

のちのち、それを克服した
釈迦を尊敬するのですな。
釈迦も城を飛び出したばかりの
ころは、不自由だっただろう。

大師もいろいろなエピソードが
あって、橋の下で寝ていたが
寝れなくて一夜が十夜に感じた
などというスポットもあるね。

というわけで、当たり前の事が
いかにありがたいか、と
感謝しつつ、まだ、大雨災害で
避難してしていて不自由な人も
いるので、慈しみの念を放って、
金もないのに無理して、募金はしなく
て善いから、店頭に設置してある
募金箱に、少額でも
入れたら善いんですよ。気持ちは
念となりしかるべきところに循環し、
小さい優しさの集まりが大きな
ものになります。

歩き遍路の時は、汗だくで
ノドからからのとき、道行く人が
ジュースやらお茶をお接待
してもらっときは、その気持ち
も嬉しいのだけど、ホントに
ノド渇いていているので
とてもありがたかった。

暑いので、ご自身の身体も
労ってお過ごし下さい。
posted by ケイ at 21:25| 日記