2019年02月16日

ネット


年寄り お坊さんの趣味は?

坊さん あまりないですね。

年寄り 退屈ではないですか?

坊さん ネットがありますし、

年寄り 温泉が好きなのですか?

坊さん はあ、温泉も好きですよ。

年寄り 家でも熱いお湯は湧かせますよ。

坊さん ??。。。熱湯ではないですよ、ネットです。

年寄り ??

坊さん インターネットですよ。

年寄り ああ、あれですか、孫もやってます。

坊さん 退屈しのぎには善いですよ。

年寄り お坊さんは退屈なのですか?

坊さん 。。。。


会話、上に戻る。
posted by ケイ at 20:20| 日記

未来をより善く


いや〜、
善いとも善いとも
善いトゥモロー

坊さんは今まで、
未来は決まっていない、
と何度も書いて来たけど、
カルマが原因を作り
結果になる、というのは
もうわかっていると
思うけど、じゃあ、決まって
いるのではないか?
という疑問もあるが、
もうやってしまった事は
仕方ないから、懺悔するなり
感謝するなりをすれば
善いのだけど、
それ以外は、決まってないから、
「カルマ」として悪い事は
やめ、善い事をするほうが
先は、楽になるし、修行が
出来る環境になるのだね。
修行者はそうしないといけない。

これは、今生のことだけを
言っているのではないよ。
今生なら、今苦しくても、
その苦しみはいつか消えるかも
しれないし、間違いなく
言えるのは、何も精進しないと、
先はどんどん、もっと苦しみは増えるのだね。
なぜなら、老いるし、病気になるし、
死ぬし、で、歳食うごとに
楽になる事は考えられない。
こうなっても笑っていられる、
こころづくりをしないといけないし、
なるべくなら、なるべく苦しくなく
老いたいし、病気になりたいし、
死にたいから、善い真理のおはからいが
降り注ぐように、できるだけ
善い事をしておきたいものだね。

それは無理してするものでもなく、
悪さを戒め、正しい行為を
することだけで善いのだね。

ネット上で楽しそうにしていたり、
周りではしゃいでいたりする人を
みても、自分の苦しみを嘆いちゃいけない。
みんな、フリをしているだけだから、
苦しくない人などいないのだよ。

もう分かっている人は、
苦しみの世界にもう何度も
転生することがないように精進
することが大事だね。

運命というものがあるなら、
努力をしなくなるし、
まず、苦しみから出る方法が
なくなる。
釈迦は努力をして未来を明るくし、
苦しみから出よう。
という事を提案しているのだね。

まだ、イマイチ難しい論だと
感じる人も居ると思うけど、
要は悪い事せず、善い事を
すれば、ひとつでも苦しみが
作り出されることは無い、
と言うわけ、それがカルマで
あり、悪い事ばかりしていたら、
その分、苦しみに苛まれるということ。
より善い未来に向かって
する事が正しい精進なのだね。
posted by ケイ at 20:19| 日記

2019年02月15日

プライベート


いや〜
珍個っていいですよね〜。
男女問わず、興味がある。

おっちゃんや、おばちゃんに
なって気がつく事は
プライベートな時間を
大切にしたいということね。
プライバシーではなく。

プライバシーは老若男女問わず、
みんな守りたい所で、
とくに思春期や若い人は
確固たるプライバシーを持っていて
守りたがる。

プライバシーとは、
例えば、坊さんの弟が死んで
アダルトビデオなどが出て来たが、
これが、プライバシーなわけで、
プライベートとは、
素の自分、包み隠さず
素でいられる自分を言うのだね。
だから、仕事や人間関係で
コミュニケーションをするのだけど、
ほぼ、「作り」だからシンドイ
んだよ。
「作り」を楽しめるうちは
まだ、ハナで、化けの皮が
はがれ、メッキがはがれると、
自分がコントロールしていた
自分の制御が利かなくなり
シンドイんだね。

その為に、処世術として、
よく言われるのが
公私混同をするな、
といわれるけど、

公私混同を極端に
分けてしまい、ある種
人格分裂するほどになるほど、
自分を着飾り、また脱ぎすると
かなり精神に異常をきたすと思う。
と、坊さんは勝手に思う。

なぜ?そこまで
自分にギャップがあるか、
といえば、ここは注意して
読んでもらいたいけど、
生命というのは、

基本、暴力性がある。

それは、身体もあるけど、
言葉の暴力もある。

その根源は何かといえば、

怒りだよ。

その根源は、孤独だよ。

ひとりでいたら、もちろん
孤独を感じるし、
大勢でいたら、なじめなかったり
いじめられたり、孤独を感じる。

マンガや音楽で、こころの
隙間を埋める若者がいて、
集中するが故に、すごく
才能を発揮する人がいる。
世に出る。
でも、才能が無いと自分は
なんなのだろう?
とまた孤独になる。
また、才能がある故に
周りのプレッシャーによって
より孤独になり精神を病む人も居る。

坊さんは、よく人に言うんだよ。
君と同時に生まれて、一生を過ごし
同時に死ぬ人なんていないんだよ。

どんな人でも、ひとりになって
こころを落ち着かせる
時間は欲しいんだよ。

そして、遅かれ早かれ、
完全バイバイするときは、
たったひとりなんだよ。

もっと言うと、そんな聖なる
事象ではなく、穢れた俗人間も
死ぬときは、たったひとりなんだよ。

才能がある人が、ひとりの孤独な
青年のこころを癒す事もあるんだよ。
それは、メディアの情報もあるし、
実際、目の前の人の影響もある。

坊さんは思うんだ。
才能が無いことは、
個性だと思うんだ。
それに気がつく事も
才能なんだ。
誰にでも才能があるんだ。
坊さんは、みんなが
思っている以上に、最低、最悪だし、
見た目も悪いし、頭も悪いし、善い所がない。
でも、ここを認める事が
最大の才能なんだ。

プライベートを持ち、
自分を見ることが大切なんだ。
四六時中、どうしたって、ひとりになれない
人も居ると思うけど、
この前から記事にしているように
スイッチをOFFにする、と言うことも
大事ね。
世間と自分のこころを切ったら
ええんじゃ。
切るってのはね、
たとえ、失敗して上司に叱れても、
ハイハイ、言っときゃ善いんだ。
イヤなら会社ヤメて
坊さんのようにその辺の草
食う準備すれば善いから。

坊さん流に言うならば、
なにがあったかしらないけど、

お互いに世間に振り回されている
だけ、だから。

中身の無いヤツは、
ごまかしで着飾るだけ、と
思っとけ。
posted by ケイ at 19:38| 日記

2019年02月14日

まだ、本質が見えてない


いや〜、
ブログを始めて
けっこう経つのだけど、
ここから新しく読み始める人も
多いから、
坊さんが一体
何を言いたいのか、
イマイチ理解していない
人が多いのだけど、

坊さんは、お経を唱えよう
とか、作法をしよう、
仏教の「お勉強」をしよう、
と言っているわけではない。

まず、こころを清らかに
しよう、と言っているのだね、
それには、なにを方法として
するのかが、仏教を修行して
というわけだけど、
別にこころが清らかになるのなら
何教でも善いわけで、
とくにこだわりがないのだけど、
もっとも仏教が適しているから
仏教なのだね。

こころを清らかにして、
完全バイバイするのが目的で
あって、
世界平和などは目的ではない。
人類がいる限り、自己という
個々があり、国やら、グループやら
枠を作ってしまい、競争や
戦争が終わる事は無い。
だったら、自分を浄めて
この汚れた世界からバイバイ
しようというのだね。

本質のないものというのは、
見せかけで、ごまかし、
平和や愛を賞賛するという
特徴がある。
確かに平和なら
それが善いにこした
ことはないけど、
戦争反対や、世界平和を
主張する時点で
戦争したい人や、嫌いなヤツと
戦争をしている事になる。
坊さんはひねくれたヤツと
思われるかもしれないけど、
オリンピックなど、各国が
メダルを狙って(賞賛と上位)
戦争しているようなものだと
思う。また、海外で事故などが
あると、ニュースでは日本人は
いないもようです。
と、まるで他の国の人が死んだのに
それはまあ善いやとでも
言いたげな報道がある。
もっと小さい規模で見ると
企業の競争や、受験や
会社内、学校内の競争、
これらは、争いであり、
誰かが止めようと思っても
止めれるものではない、
なぜ、日本は平和になったかと
言うと、アメリカが広島に原爆を
落として、武力により平和になった。

この争いの裏にはなにが
あるのかと言えば、自我であり、
欲なのだね。

だからこの欲界は欲を満たす為には
なんでもやるのだね。
しかし、欲はかならず苦しみに
変わるということを知らずに
みんな嘆き苦しむ。

坊さんの理屈は、
要するに苦しいから、
早くこの苦しみから、抜けよう
というこっちゃ。
逃げても苦しみはつきまとう
ので、苦しみの本質を見極めて
根本をぶっ潰そうというのが
仏教のアプローチなわけね。

だから、一見、退屈だろうけど、
瞑想が必要なわけ。
全然、退屈ではなく
自分を正しく見つめないと
いけないので、おそろしく
ヒマじゃないんだね。

自分を捨てたり、欲や
執着を捨てたら
つまらんだろ、という
思いも各々あると思うけど、
けど、それがあるから
苦しいということに
気がついた人は
まあ、仏教的だね。
捨てるの、シンドイよ。
でも、持っとくのも
もっとシンドイよ。

ひとしきり怒って
相手を踏みつけて
それで終わりなら
スッキリするだろけど、
踏みつけらた相手は
もっと、強い怒りをもって
攻撃して来るからね。

この終わりのない
生命としてダサいことは
もうヤメようぜ。
posted by ケイ at 20:03| 日記

2019年02月13日

結局みんな死にたくない


いや〜、
血糖値が高くなって
いろいろ調べるように
なったけど、

アホな坊さんはイマイチ
よくわかりません。グフ。

まあ、病気になって勉強に
なる事もある。

若い頃は、老、病、死などは
いずれ来るもの程度しか
考えず、いや、もっというと
なにも考えずに、のうのう
と生きているのだけど。
本当は生まれてすぐに
老が来て死に向かっているの
だけどね。

歳食って来て身体にガタが
来ると急に健康志向になる。
テレビではいろいろな医療系の
通販があったり、健康番組が
あったり、アンチエイジングが
あったり、長生きしたり
若く居れるような商品だったり
お勉強がある。

結局、老、病、死というものは
分かっているのだけど、
イヤなのだね。みんな。

坊さんもいろいろ調べたりして
医師や健康アドバイザーの
意見を見たり聞いたりするけど、
これが、こうだから
こうなる、と、血管がどうでこうで
関節がどうで、こうで、
脳がどうで、こうで、食べ物が
どうでこうで、
といろいろ説明があるのだけど、
結局、なにが言いたいのか
サッパリわからない。
坊さんがアホなだけだと思うけど。
要は健康で長生きしよう、
ということだとは思うけど、
それは、なぜかと言うと
生命は生存欲が活発だから
なのだね。

そして、医師は仕事だから
患者の親身にはならずに
症状が出たらその症状に
合わせて薬を処方したり、
手術をする。
中には善い医師もいるだろうけど、
なんで医師になるかと言えば、

金が稼げるからだよ。ブヒ。

また、健康器具や食品を売る人達は
親身になっているフリをして
いるけど、これを飲まないと
こうなる、とか使わないと
こうなる、とか、キツい言葉では
ないけど、じわじわ脅しているのだね。

だからなんなのだ、
と坊さんはいつも思う。

生命はどんな形でも必ず死ぬ。
世間の人は、防げるものは
防がないといけない、とか、
善い医師に巡りあう事が大切
だと言うけど、
仏教的に見れば、もうこれ
カルマなわけで、
そうなるし、そこにブチ当たるのね。
ジタバタしたり、他人と比べたって
しょうがなく、自分のカルマで
作った原因の結果なのだね。
で、完全に悟ってしまえば、
もう生きることへの執着すら
なくなるのだね。
まあ、坊さんも別にいつ死んでも
善いよ、と言うけど、
それは現意識であり、悟ってないので、
こころにはまだ渇愛が
あるから、生存欲はありあり
なのだけどね(笑)
これは潜在意識のことだけど。

また、死にたいという人は
生存欲がないのではないか?
という疑問があるのだけど、
ちがうんだね。
苦しいから、楽になりたい
と思っているだけなのだね。
で、こころの回転などを知らない
無智だから、死ねば楽に
なると安易に考える。
たとえば、苦しい楽になりたい、と
思うよね?するとこれは欲な
わけで、カルマとして原因を
作ってしまうわけね。
苦しい、楽になりたい、が
まだまだ、続くわけ。

もう、苦しくない、いつ死んでも
善いですよ、もう自分のこころの
中はなんの執着もないです、
と死ぬと、もうこの世にも
あの世にも生れ出ることは
ないわけね。
だから、これが最高の境地で
あり、完全バイバイであり、
これ以上のやすらぎはないわけ。

健康で長生きすることは
悪い事ではないし、
善い事だと思うけど、
この根本的な真理のシステムを
知らず、根本的な苦しみから
解脱しようとしない限り、
坊さんが上にも書いているように、
だからなんなんだ、と思う。
快楽に溺れてもそんなものは
一時的ですぐ終わるものだし、
快楽を得られない苦しみもある。

健康で長生きしても、
人間関係で苦しんだり、
また、死を超越していないから、
死の恐怖の苦しみはつきまとう
よね。
そして、死ぬと、また生じて
同じく、同じような苦しみが
いつまでもつきまとう。
根本的なものをやっつけよう
ともせずに。

とてつもなく長かった
苦しみももうないです、
とてつもなく長かった
こころもこれで終わります。
さようなら、と死にたいね。

でもまだまだ修行不足だね〜。

まあ、モヤモヤしたこの人生で
真理に出会い、教えに出会ったことは
非常にしあわせなことです。
これは健康で長生きするより
しあわせなことだと、坊さんは
思う。

それは、坊さんがすごく
苦しい病気や怪我になって
苦しんでいないから、
そうやって言えることなんだよ、
という人もいるかもしれない。
確かにそうかもしれない。
しかし、坊さんは坊さんの
カルマによって死ぬと思っているし、
仏法に出会ったことは、
健康や金に代えがたいものだと
つくづく思う。
posted by ケイ at 21:48| 日記